束縛

「俺、誕生日に欲しいものがあるんだ」
 先月の僕が発した言葉と同じ内容を、今度はヴィクトルが口にした。
「うん、僕が用意できるものならいいよ」
「大丈夫。勇利にしか用意できないものだから、安心して」
 僕は先月の自分の誕生日プレゼントに、ヴィクトルのおさがりの洋服をねだった。僕とマッカチンしか貰えないヴィクトルからのおさがりは、僕の大切な宝物だ。
 もしかしてヴィクトルも僕の服が欲しいとか? いやいやまさか。僕はセンスが良い訳でもないし、サイズも小さすぎて着られないだろう。大は小を兼ねても、小は大を兼ねない。

 そうやってあれこれ考えている僕にヴィクトルがねだったのは、なんとネクタイだった。
 ことある毎に燃やすよと言われ続け、実際に燃やされるのだけは何とか逃れられている薄いブルーのストライプが入った僕のネクタイ。そんなヴィクトルの御眼鏡に適うことのなかったものを、何故? 僕の疑問がたっぷりと乗った視線に気付き、形の良い口元が緩んだ。
「俺も勇利のおさがりが欲しくなったんだ。服は小さいから流石に無理だけど、ネクタイなら問題ないだろう?」
「問題はないけど、良いの? 燃やさない?」
「見慣れすぎてそろそろ愛着が湧いてきたところだよ」
「……それはどうも」
 どうやら燃やされることはないらしい。安心した僕は、バレないようにそっと息を吐いた。プレゼントなのに燃やされるのはいくらなんでも悲しすぎる。そんな僕の安堵に気付いた様子もなく、ヴィクトルが問いかけた。
「ねえ勇利。勇利のおさがりが貰えるのは、俺だけだよね?」
 うーん……、と少し考えて僕は口を開く。思い出したのは、先月の話だ。
「ヴィクトルだけじゃないよ」
 そう言うとさっきまでご機嫌だった表情が一変するから、少しだけ嬉しくなる。怒られそうだから口にはしないけど、本当に少しだけ。
「もう、そんなに怖い顔しないで。まだ最後まで言ってないだろ。ヴィクトルとマッカチンだけだよ」
「ゆうりぃ? 全く、心臓が止まるかと思った」
「ごめんってば。そんなに驚くと思わなかったんだ」
 大袈裟なくらいに大きな溜め息を吐きながら、ヴィクトルが僕のほっぺたを遠慮なくむにむにと抓った。僕が予想していたよりも余程ショックを受けたらしい。仕方がないのでしばらく大人しくしておこうと、抓る指先を甘んじて受け入れることにした。

 しばらくして気が済んだらしいヴィクトルが真面目な顔に戻り、散々抓ったほっぺたを労るようにあたたかな両手で撫でてくれた。
「ちゃんと覚えておいて。勇利は俺のものだし、俺は勇利のものなんだよ」
 だから勇利のものは俺とマッカチン以外にあげちゃ駄目だからね。世界一整った真面目な顔で、横暴なのかもよく分からない台詞を言うヴィクトルに思わず笑みが零れた。
 そんな僕の右手を取り、薬指の指輪に唇を押し当ててヴィクトルが囁く。
「誕生日はずっとくっついていようね。一ミリも勇利と離れたくないんだ」
 初めからそのつもりだったけど、改めて言われると照れてしまう。小さな声で同意を伝えると、ヴィクトルはとろけるように甘く微笑んだ。これには何年経ってもキャパオーバーだ。眩しすぎる笑顔を直視出来ずに慌てて目を伏せると、苦笑する気配とともに額に触れる唇の柔らかさを感じた。

 

 誕生日当日、僕はプレゼントをヴィクトルに手渡した。
「誕生日おめでとう、ヴィクトル」
「ありがとう勇利。今年も勇利に祝ってもらえて幸せだ。開けてもいい?」
「うん、どうぞ」
 ヴィクトルが丁寧にリボンを解くと、中にはネクタイが二本入っていた。一本はヴィクトルがねだった僕のネクタイ。そしてもう一本は。
「これ、勇利が選んでくれたの?」
「そうだよ。ヴィクトル、僕の誕生日のとき、服以外にもプレゼントくれたでしょ? だから僕も何か新しいものをプレゼントしたかったんだ。あと、僕のセンスも成長したところを見せようと思って」
「良い色だね。すごく気に入ったよ。ありがとう、勇利愛してる」
「本当? 良かった」
 柔らかく微笑む表情は僕の胸を幸せでいっぱいにさせた。また燃やすと言われたらどうしようかと内心不安だったから、ほっと胸をなで下ろす。

 新たに選んだ深い青色をしたネクタイは、ヴィクトルが好んで着ているブランドのものだ。一人で入るには躊躇するような高級店の店員さんは、僕の顔を覚えていてくれたらしい。お陰で場違いな人間だと怪しまれることもなく買い物が出来た。ヴィクトルがいなければあんな高級店には一生縁のない生活を送っていただろう。
 光沢のあるネクタイを撫で、すべすべした生地の手触りを楽しんでいたヴィクトルが顔を上げた。
「早速着替えてこないと。勇利、手伝ってくれる?」
「えっ、今着るの?」
「俺がこのネクタイをした姿、勇利も見たいだろう?」
「……見たいです」
 今年の誕生日プレゼントが決まったときから今日まで何度も想像した、僕のネクタイをしているヴィクトルの姿をついに見られるのだ。待ち焦がれていた気持ちを抑えることは出来ず、素直に頷く。至極満足そうな顔をしたヴィクトルに連れられて、僕達は寝室に向かった。

 

「勇利はどっちから見たい? うん、まずはこっちが良いかな」
 どちらも見たくて迷う僕の表情を楽しみながらヴィクトルが掲げてみせたのは、おさがりのネクタイだった。
 クローゼットから取り出したスーツやシャツをネクタイと一緒にベッドの上に並べ、服を脱ぎ始めたヴィクトルから、僕は不自然な動作で視線を外した。いくら恋人同士とは言え、明るいところで裸を見るのはまだ恥ずかしい。愛し合った生々しい記憶を見せつけられるみたいだからだ。現にうっかり視界に入ってしまった背中に僕の爪痕なんて見つけてしまえば、どうしたって挙動不審にもなる。
 脱ぎ捨てられた部屋着を無心で畳んでいる間にベルトを締めたヴィクトルが、僕にネクタイを差し出した。
「勇利が結んでくれる?」
「……うん」
 少し背伸びをしてネクタイを首の後ろに回し、結び目を作る位置を決める。そのまま結び始めようとしたところで、ふと違和感を覚えた。普段とは結ぶ向きが逆だからだ。混乱しながらあたふたしていると、機嫌の良さそうな瞳が僕を見ていることに気付く。ヴィクトルの口元が弧を描き、反対に僕の唇はへの字に曲がった。
「もう、何笑ってるの」
「ん? 勇利が可愛いなと思って」
 むう、と頬が勝手に膨れる。僕は悔しさを感じながらもベッドを指差した。
「ヴィクトルそこ座って! 上手く結べない!」
「ふふ、うん。分かった」

 ベッドの縁に腰掛けたヴィクトルの後ろに回りこみ、膝立ちになる。
 腕を回してネクタイを手に取れば、自然とヴィクトルの後ろから抱きつくような形になった。広い背中の厚みに心臓の鼓動が速まり、ネクタイを結ぶだけなのに手が震えそうになる。ヴィクトルの身体があたたかく、逞しいのがいけないのだ。加えて良い匂いがするのもいけない。
 心の中で平常心、平常心と唱えながら手を動かす。あとは襟を直せば完成だ。
「はい、出来た」
「ん、ありがとう」
 立ち上がったヴィクトルがベストを羽織り、上から順にボタンを留めていく。僕は背後に回ってジャケットを広げ、袖に腕を通すのを手伝った。長い指が二つボタンのジャケットの上ボタンを一つだけ留め、着替え終えたヴィクトルが僕と正面から向き合う。
「どう? 似合う?」
「……かっこいい……」
 自信に満ち溢れたその表情は、僕の口からは賞賛の言葉しか出てこないと確信しきっていた。異論などあるはずもなく、自然と漏れ出てしまった言葉にヴィクトルは笑みを深くする。

 両腕を広げたヴィクトルに引き寄せられ、僕は自然と腕の中に納まった。
 安心する体温にうっとりしながら深呼吸をする。駄目だ、想像以上に骨抜きにされてしまった。ヴィクトルの誕生日なのに僕が喜んでどうする。そう思ったものの、冷静な考えなど既に期待出来そうになかった。
 ライトグレーのスーツは高級感に溢れていて、それに比べるとネクタイの安物感はどうしても拭えない。クリーニングに出して綺麗にしてもらっても、やっぱりヴィクトルが普段から身に付けているものとは全然違う。だけどそれを補って余りあるほどに元が良いのだ。そして何よりも。
「ヴィクトルは何を着ても似合うよ。でも、その、ヴィクトルが僕のネクタイしてるの、ドキドキする……」
「ああもう、なんて顔してるんだ」
 心底困ったような声が降ってくる。見上げると、ヴィクトルは緩む口元をどうにか引き締めようとしているところだった。僕は表情を引き締めるのは諦めてしまったから、きっとヴィクトルもその内僕と同じ顔になるに違いない。
「俺のこと大好きって顔」
「だって、仕方ないだろ……大好きだもん、ん」
「参ったな。勇利が選んでくれたネクタイも着けたいのに、もう少しこのままでいたいんだ」
「んぅ……、僕も……。ね、誕生日おめでとう、ヴィクトル」
 瞼を閉じないままで口付けを交わす。空と海を閉じ込めた宝石のような眼差しが、僕を甘く包み込んだ。
 キスをするのに邪魔な眼鏡はとっくにヴィクトルに外されてしまった。飽きることなく顔中に唇が落とされ、ヴィクトルの愛情に溺れてしまいそうだ。もしくは、もう溺れてしまったのかもしれない。
「ありがとう。勇利がそばにいてくれることが何よりのプレゼントだよ。愛してる」
 返事をしようと開いた唇は濃厚なキスで塞がれてしまい、僕は応えるように自分から舌を差し出した。

 不埒な手が僕の着ているシャツの裾から入り込み、明確な意図を持って肌を撫でる。この先を期待しているのは僕だけじゃない。その証拠に寄せられた身体は熱を帯び、今僕の下腹には彼の硬いものが押し付けられている。
 抱きたい、そう耳元で囁かれた声に僕は自然と頷いていた。
「せっかくだし、これ着たまましよっか?」
「あ、……」
 指先でスーツのラペルを撫でるヴィクトルから目が離せない。僕の分かりやすい反応に、澄んだ碧色の目元が緩む。
「期待してる? 可愛い」
 ヴィクトルは手際良く僕の服を脱がせていく。部屋は快適な温度で保たれているから、着る服はいつも薄着だ。身に付けるものが少ないせいで、下着まであっという間に脱がされてしまった。
「やだ、僕だけ裸なの……恥ずかしい……」
「綺麗だよ。全部見せて」
 左手で僕のお尻を揉みながらもう片方の手が腰のラインをなぞって這い上がり、既に硬く尖って主張している乳首を親指で押しつぶす。セックスの回数を重ねる度に舐めたり吸ったり、色んな方法でヴィクトルが弄るから僕の乳首はすっかり敏感になってしまった。
「あっ、や、ぁあっ! ヴィクトル……っ!」
「なぁに? もっと?」
「ちが、あ、ひゃぁっ!」
 お尻を弄っていた手も胸元に伸ばされ、人差し指と親指が乳首を両方とも摘まんで引っ張った。強い刺激に足が震えて、目の前の身体に縋り付く。スーツが肌に擦れる感覚すら快感に変わる。無意識に勃ち上がった自身を押し付けようとしたところで、はっと気付いてヴィクトルから離れた。力が入らずによろけた僕をすかさずヴィクトルが抱き寄せるから、厚い胸板に手を付いて距離を取る。
「勇利?」
「ぁ……だめ、汚れちゃう、から」
 下半身を離そうとしていることに気付いたヴィクトルが、僕の心配を察して微笑んだ。
「そんなこと気にしなくて良いのに」
「き、気にするに決まってるだろ」
「じゃあ、後ろからしようか」

 ヴィクトルは僕の身体を反転させ、壁に手を付かせた。背中に柔らかな唇の感触がした後、何度かきつく啄まれる。さらりと揺れる前髪がくすぐったい。ヴィクトルからの執着の証に歓喜で身体が震える。
 痕がずっと消えなければ良いのに。そんなはしたない考えは、いつからか悪癖となって現れるようになった。残された証を見つけては指先でなぞってしまうのだ。僕の心を包み込むやわらかな眼差しとは違う、ベッドの上で曝け出された激情を思い出して。
 それを知っているからヴィクトルも痕を残す行為をやめようとしない。悪循環なのは分かっていても、今のところやめることは出来そうになかった。多分、これから先も。

 舌先が濡れた音を立てて背骨を辿る感触に、僕の意識は引き戻された。舌はそのまま首筋へと這い上がり、崩れかけの理性を更に溶かしていく。
 いつの間にローションを準備していたのか、ぬめりを帯びた長い指がアナルに侵入してくる。ヴィクトルは僕に対しての用意が周到すぎて少し怖いときもあるけど、それすら可愛く思えるのだから僕も相当だ。
 最初から二本差し込まれた指は知り尽くした内側を的確に刺激する。昨夜も朝もしたせいで、身体は簡単に痛みよりも快楽を追いはじめた。なんの抵抗もなく奥まで暴かれて恥ずかしいのに、甘えた声が上がるのを止められない。揃えた指にお腹側の浅いところを強く押し潰され、背筋が震えた。
「あぁっ! そこ、んっ……!」
「勇利……、ごめん、もう挿れたい」
「ぅ、ん、僕もほしい、きて」
 指が抜かれる感覚さえも気持ちいい。
 性急に腰を引き寄せられ、僕は従順に踵を上げた。硬い性器がアナルの縁をなぞる。名前を呼ぶ興奮しきった声が耳元で聞こえて息を呑んだ。抜かれた指の代わりにもっと太くて熱いものが僕の内側を押し広げていく。
「あああっ! ぁ、あ……んぅぅ、……」
「……ぁ、ゆうり……」
 ローションでぐずつく胎内に、ヴィクトルの性器を受け入れる瞬間が好きだ。普段は優しくおおらかな彼が、ひた隠しにしていた僕への欲情を剥き出しにする瞬間が。ヴィクトルが僕だけを求めていると思うと堪らなかった。もっと奥深くまで欲しい、全部彼の好きにされたい。僕の全てを差し出して蹂躙されたかった。
 広げられた場所が元に戻ろうと収縮し、勃起したペニスの大きさをより感じてしまう。抱き締められて満たされ、溶けて形のない何かになってしまいそうだった。

 背中や足にスーツの布地が擦れる度、自分だけが裸なのだと思い知らされる。この羞恥心すら快感に成り果ててしまうのだから、僕の頭は正常から随分遠いところまで来てしまったようだ。身体中が熱くて仕方がない。
 熱を逃がそうとした口からは、濡れたため息が零れた。
「勇利、見てごらん」
 呼びかけに視線をぼんやりと横に向けると、壁に掛けられた姿見が目に入った。その中には欲に塗れた僕達の生々しい姿が映っている。勃ち上がって先端から涙を零している僕のペニスも、快楽に溺れたいやらしい顔も。
「俺達が愛し合ってるところ、よく見えるね」
「……っ! やだぁ! 見ないで!」
「勇利、すごくえっちな顔してる……。見て、俺達今セックスしてるんだよ」
 ねっとりとした声が纏わり付く。耳朶をなぞって穴の中に差し込まれた厚い舌先は、僕を耳からも犯した。

 身体を捩って抗おうとする僕に、ヴィクトルは手加減をしなかった。
 骨張った右手で腰を掴み、膝裏に回した反対の手で僕の左足を持ち上げたのだ。片足が浮き、濡れた結合部を鏡に映す。遅い時間であれば夜の帳が隠してくれたものを、日中の明るい室内は僕達の行為を筒抜けにする。逃げることも叶わず、不安定な体勢に縋るものを探そうにも、汗で濡れた指先では壁を柔く引っ掻くだけだった。
 僕を支えるのは震える片足とヴィクトルの手、それから。繋がった場所が離さないでと縋るように熱い性器を締め付ける。
 前触れなくヴィクトルが動き始めたせいで、僕の口からはひっきりなしに情けない声が上がった。手のひらから肘までを壁につき、容赦なく襲いかかる快楽を必死に受け止める。
「あ、ぁっ、あん! これ、やだぁ……!」
「んっ、勇利、気持ちいいよ……」
 声が僕とは違う場所に向けられている気がして、固く閉じていた瞼を恐る恐る開く。
 嫌な予感は的中し、ヴィクトルは鏡に映る僕を見ていた。まるで鏡の中の僕を犯しているようで目の前が一瞬赤く染まる。
 ヴィクトル、僕はこっちだよ。ヴィクトルとセックスをしているのは僕なのに。
「……ゃ、やだ! 鏡ばっかり、見ないで!」
 衝動的に振り返り、ネクタイを思い切り引っ張るとヴィクトルの唇に唇をぶつけた。キスなんて可愛いものではない。僕の行動に、普段よりも色濃く染まった碧眼が見開かれた。
「ちゃんと僕のこと見てよぉ、びくとる……」
 駄々をこねる子供のような、自分の口から出たとは思いたくない声に余計涙が溢れる。ヴィクトルには僕だけを見ていて欲しいのに、情けない姿は見られたくない。壁についていた腕に額を押し付け、矛盾に迷う顔を隠した。

 茹だった頭が冷静さを取り戻す。
 本当は分かっている。ヴィクトルはいつも僕だけを見てくれていること。鏡に映る僕だって立派な僕自身だ。
 常に甘く、ときに情熱的な視線に溺れて、それが少しでも僕に向けられていないと満足できなくなってしまった。鏡越しでは嫌だ。ヴィクトルの視線も心も全て独占したい。自分がこんなに嫉妬深いなんて知らなかった。せっかくのヴィクトルの誕生日なのに、これでは呆れられてしまうじゃないか。僕の馬鹿。
 ぐるぐると思考を巡らせていると、抱えられていた左足がそっと床に下ろされた。恐る恐る振り向けば、ヴィクトルが僕を見つめていた。瞳に僕の心を溶かすあたたかな光を乗せて。
「可愛い……。鏡の中の自分に嫉妬しちゃったの? ごめんね。俺が愛しているのは、目の前の勇利だけだ」
 頬に伝う涙を指先が優しく拭う。甘い眼差しに導かれ、今度はゆっくりと唇が重なった。それだけで心が躍るほどに嬉しくて、甘えきった声が出てしまう。
「ごめんなさい、すき、……大好き、ヴィクトル」
「俺も大好きだよ、勇利。もっと愛させて」
「ぅん、うんっ、して……、ああぁっ!」
 力の入らない手にヴィクトルの大きな手のひらが重なった。
 僕の涙にも一切萎えることのなかったペニスが、弱いところを確実に狙って突き上げる。腰が抜けるくらいに気持ちが良くて、ともすれば意識が飛びそうだった。奥深くまで挿入され、律動が一気に激しさを増す。ぐちゅぐちゅと鳴る卑猥な音が部屋に響き、余計興奮を煽る。

 僕に覆い被さり息遣いを荒くしたヴィクトルは、鏡なんて見ていなかった。眉間に皺を寄せて僕の名前ばかりを繰り返す声に、熱を受け入れた場所が悦んで締まるのを止められない。最奥と膨らんだしこりを太くて大きなペニスでしつこく擦られて、押し寄せる快感の波に呑まれていく。
「勇利っ、ゆうり……!」
「ぁっ! も、だめ……っ! ヴィ、っあぁぁー……っ!!」
 あ、イく、と思ったときにはもう間に合わなかった。握られたペニスの先端を親指の腹で強く刺激され、ヴィクトルの手の中に白濁を放つ。熱を頬張る下の口が一際大きく収縮し、埋め込まれた楔をきつく抱き締めた。耳元を掠めた熱い吐息に全身が歓喜で震える。その間にも律動は止まらず、崩れ落ちそうな身体を叱咤してヴィクトルの快楽を最後まで導く。気を抜くと僕の方が先に再び極まってしまいそうだった。
 間を置かずに胎内の一番奥で熱が弾けたのを感じて、例えようのない多幸感が僕を包み込んだ。

 朦朧とした意識の中、ようやく思い出した息苦しさに必死に酸素を取り込む。背後で聞こえる乱れた呼吸と、達した後も尚僕を拘束する腕が、ヴィクトルの愛情と独占欲を表しているようで愛おしかった。
 服が邪魔で大好きな広く厚い胸板を直接背中に感じられないのがもどかしい。スーツ姿も堪らないほど好きだけど、やっぱり素肌の熱を感じたい。壁に縋り付いて上がった息を整えながら、僕は無意識の内にそっと下腹部を手のひらで撫でていた。

 

 ヴィクトルは力の入らない僕を軽々と抱き上げ、二人で寝転んでもまだ余裕のある広いベッドに優しく寝かせた。それなのに脱いだジャケットとベストは無造作に放り投げるから慌ててしまう。拾い上げてハンガーに掛けたくても、指先まで快楽に染まった身体はまだ動かせそうになかった。
「あとでね」
 ジャケットに注がれていた僕の視線に気付き、穏やかな声が応えた。
 どうしてヴィクトルは僕の考えていることが分かるのだろう。そんなことをぼんやりと考えている間に、ヴィクトルはベッドサイドの棚に常備してあるタオルを取り出し、汗や体液で濡れた身体を拭ってくれた。この後はきっとバスルームに連れて行ってくれるはずだから、僕はもう大人しくされるがままだ。
 最初は恥ずかしさに抵抗していたものの、これも愛情表現のひとつなのだと主張されてからは拒否も出来なくなってしまった。案外彼は世話焼きなのだ。コーチと生徒の関係だった頃からずっと、甲斐甲斐しいほどに。誰に話しても否定されるか、胡乱な目を向けられた記憶しかないのだけど。そして、一度受け入れてしまえば羞恥よりも心地よさの方が上回った。今となっては抵抗する理由もない。

 ふと身動ぎした拍子に、何か柔らかいものが腕に当たった。僕がプレゼントしたもう一本のネクタイだ。それを意識した途端、プレゼントを選ぶときに散々想像したネクタイ姿のヴィクトルが再び脳内に溢れ出した。
 むくむくと湧き上がった好奇心を満たすのは、体力の回復よりもずっと重要なことのように思えた。心待ちにしていた姿をようやく実際に見ることが出来るのだから。起き上がろうとするだけで背中に腕を回して支えてくれる恋人に、僕はネクタイを差し出した。
「ヴィクトル、ね、こっちも着けてくれる……?」
「うん、良いよ」
 ヴィクトルが頬に口付けを落として微笑んだ。ネクタイを取り替えて流れるような動作で締め直す間に、寛げたままのボトムを僕が整える。無駄のない共同作業だ。
 視線を上げれば一分の隙もない着こなしのヴィクトルに惚れ惚れしてしまう。ネクタイを締めるだけなのにどうしてここまで様になるのか、僕にはさっぱり分からない。分かるのは、直視しただけで身体が金縛りにでも遭ったかのように動かなくなってしまうことだけだ。

 深い藍色をしたネクタイは白い肌によく映えて、スーツとの組み合わせも抜群だった。わざわざ脱いだばかりのジャケットまで羽織ってくれるのだから、ヴィクトルは僕に甘すぎるのではないだろうか。額に貼り付いた髪をかき上げ、世界に一対しかない宝石が僕を見る。
「どうかな、勇利の想像通り?」
「……想像以上にかっこいい、です」
「惚れ直しちゃった?」
「はい……」
 掛けられたのは魔法か、洗脳か。どちらにしてもぽつりと零れた言葉は紛れもない本心だ。
 うっとりしながら間近で堪能していると大好きな顔で微笑まれ、つい小さな悲鳴が漏れ出た。思わず顔を逸らしたものの、心待ちにしていた姿を目に焼き付けたくて、ちらちらと様子を窺ってしまう。僕が選んだものをヴィクトルが身に付けてくれている。その嬉しさに胸が高鳴った。
「勇利。ほら、ちゃんと見て。俺はここだよ」
「っ! ……ひゃぃ……」
 軽く肩を押され、問答無用でベッドの上に逆戻りさせられた。色気を滲ませた表情で見下ろすヴィクトルの前に、僕は完全降伏するしかない。着たばかりのジャケットを早々に脱ぎ捨てたヴィクトルが、太腿に何か硬いものを擦り付けてくる。
「嘘、まって、今したばっかりなのに」
「勇利がこんなに可愛い反応してくれたら、我慢なんて出来ないよ」
 良い? と許可を請うように触れるだけのキスが落とされる。
 ネクタイを緩める仕草にすらときめいてしまうのだ。愛しい人に求められて拒絶など出来る訳がない。腕をヴィクトルの首に回して引き寄せれば、それが続きの合図だった。

 舌を絡めて粘膜を擦り合わせながら、熱を帯びた手のひらが僕の身体をまさぐる。鎖骨、胸、腹筋を通り、再度反応を見せはじめた性器へ。そのタイミングでヴィクトルの手以外の何かが乳首を擦り、声が裏返った。
「ひゃぅっ!」
「勇利?」
「あっ! やだ、動かないで……っ」
 慌てて両腕で胸を隠す。垂れ下がったネクタイが肌に擦れただけ。たったそれだけの刺激で快感を得てしまう身体に涙が出そうになる。
 声を上げた原因に気付いたらしいヴィクトルは、無言で僕の手首をシーツに押さえ付けて固定した。いくらなんでも察しが良すぎる。身を捩って逃げようにも、太腿にも体重を掛けられて完全に逃げ道を塞がれてしまった。僕の焦りとは裏腹に見下ろす顔は清々しいほどに爽やかだ。必死の抵抗にびくともしないのがまた腹立たしい。
「っ! ……ぅ、」
 ヴィクトルが上体を動かしてネクタイを揺らす。それが乳首を掠める度に漏れそうになる声を、唇を噛んで堪えた。きつく睨むと、とびきり楽しそうな顔を返される。ヴィクトルの笑顔は眩しいくらいで、見た人全員を幸せにしそうな表情だった。僕だって何度でも惚れ直してしまうだろう。していることがネクタイで僕の乳首を弄ることでなければ。
 僕は最後の抵抗に、唯一自由になる声で思い切り叫んだ。
「……ぁっ、ばか! もう! ばかぁっ!!」
「勇利、可愛い」
「も、ぅ、こんなことされたら、ネクタイを見る度に思い出しちゃうだろ!」
「思い出してよ。俺といやらしいことしたんだって。俺と勇利だけの秘密、もっと増やしたいな」
 こんないたたまれない秘密はいやだ。顔を背け、口を尖らせて抗議する僕に、声に苦笑を滲ませたヴィクトルの気配が近付く。
「ごめんね、いたずらして。もうしないから」
 ちらりと視線を向けると、いつの間にかネクタイの剣先は胸ポケットに押し込まれていた。許してくれる? と甘い囁きが届けば、不機嫌な心はたちどころに萎んでいく。
 僕が本当に嫌がっているときには絶対に止めてくれるから、ヴィクトルは僕の感情の見極めが僕よりも上手だ。甘えている自覚はある。だけど愛おしさを閉じ込めた瞳がもっと甘えて良いのだと教えてくれるから、あとは身を任せるだけで良い。
 顔中に降るご機嫌取りのキスを、瞼を閉じて僕は素直に受け入れた。

 キスの雨が落ち着いた頃、ヴィクトルがほんの少し腰を浮かした瞬間に素早く腕の中から抜け出した。上半身を起こし、目の前の肩を手で軽く押しやる。すると僕の要求を察したのか、ヴィクトルは逆らうことなく仰向けに寝転がってくれた。どうやら好きにさせてくれるらしい。
 彫刻のような身体の上に移動し、今度は僕が覆い被さる。レースのカーテンを通り抜け、柔らかくなった陽の光がシーツの上の銀髪を煌めかせた。普段はあまり見ることのない光景に高揚する。
 体勢が優位に立ったことで、僕の心にも少しだけ余裕が生まれた。
「こうすれば、ヴィクトルもいたずら出来ないでしょ?」
 まるで晴れた日の空を映す深い湖のような瞳が瞬き、口元が綻んだ。期待を浮かべたヴィクトルの顔を見下ろし、体重を掛けないようベッドに片手をつく。もう片方の手で汗に濡れた銀髪を優しくかき混ぜた。
「流石に暑いね……。勇利、脱がせてくれる?」
 僕はこくりと頷いた。さっきからずっとそうしたいと思っていたのだ。スーツ姿のヴィクトルも好きだけど、今は服に邪魔されることなくくっつきたい。
 上体を起こし、ヴィクトルのお腹を跨いだ両膝で体重を支える。ネクタイのノットを緩め、しゅるりと音を立てて解いた。ヴィクトルのネクタイを結ぶことが出来るのも解くことが出来るのも世界中で僕だけだと思うと、はやる気持ちに手が追いつかない。もたつきながら震える指で一番上のボタンから外していく。もう何度も見ているはずなのに、緊張と興奮で喉が鳴った。

 汗で脱がせにくくなったシャツを左右に開く。解けたネクタイとはだけたシャツの中から現れた、鍛え抜かれた肉体にどうしようもなくときめいた。
「僕の、ヴィクトル……」
「そうだよ。勇利のヴィクトルだ」
 胸板に顔を埋めて頬擦りする。ようやく合わさった素肌に嬉しさを隠しきれない。
 頬を寄せたまま見上げると、興奮を抑えられず余裕を欠いた瞳に囚われてしまった。腰に添えられた長い指が肌をくすぐる。あ、だめ、力が入らなくなっちゃう。まだ全部脱がせていないのに。
「まって、ヴィクトル、ぁ」
 服越しに硬い性器を押し付けられ、気付かないうちに呼吸が浅くなっていく。僕のペニスはもうとっくに勃ち上がって涙を零していた。昨夜からあんなにしているはずなのに、ヴィクトルに求められると際限なく欲しがってしまう。
 吸い込まれそうな瞳に促され、力の入らない身体を叱咤しながら上半身を起こす。先ほど締めたばかりのベルトを外し、窮屈そうなスラックスの前を寛げる。スラックスと下着はまとめて足から引き抜き、ベッドの下に落とした。そうして取り出した長大なペニスを両手でやわやわと握る。どうしよう。
「舐める……?」
「そっちも捨てがたいけど、もう挿れたい」
 お尻に伸ばされた指が、僕の縦に割れてしまったアナルの縁をなぞる。それだけで身体は大袈裟なまでに反応してしまう。獲物を狙う獰猛な瞳が僕の次の行動を待っていた。欲しがっているのは、僕だけじゃない。

 質量のあるペニスを後ろ手でアナルへと導き、慎重に腰を沈めて一番太い部分を胎内に招き入れた。
「……ぁ、あっ、ん」
 開いた口からは勝手に声が漏れてしまう。はやく全部食べてしまいたいのに、自分でするのは怖かった。どうせならひと思いに突き上げてくれたら良いのに。怖くてもヴィクトルがしてくれることなら、なんだって。
 だけど今日は、それでは駄目だった。自分だって大事なところを握られて苦しいはずなのに、僕を気遣って耐えてくれている。いつも僕のことを最優先に考えてくれるヴィクトルに気持ちよくなってほしい。

 覚悟を決めて息を深く吐き出す。腰を進めるごとにじわじわと侵食され、お腹が圧迫される感覚に眉を寄せた。縋るように視線を送っても、勝手に零れてくる涙のせいで顔がよく見えない。もどかしさに更に涙が止まらなかった。
「勇利」
 震える僕の手を、ヴィクトルの手がきつく握った。好き。大好き。握られた手から、想いが全部溢れ出しそうだ。何よりも安心させてくれる手のひらを握り返す。ヴィクトルが僕の中にいる。苦しいだけじゃない。気持ちがよくてどうにかなりそうだった。
「あぁぁっ! ……ふ、ぅぅ……っ」
 先端の大きく張り出した場所が前立腺を刺激する。ここで止まる方が辛くて、荒い息を吐きながら最奥まで押し進めた。力が入らず、ぺたりとヴィクトルの上に座り込む。

「よく頑張ったね、勇利。いい子だ」
「びくとる、……んぅ……」
 深呼吸をして落ち着こうとする僕に向けて広げられた両腕。吸い寄せられるように上半身を預けると、もう離さないと言わんばかりにきつく抱き締められた。煩いほどに鳴る心臓の音が重ねた胸を通して聞こえてしまいそうだ。
 キスがしたくて腕の中で身動ぎすると、ヴィクトルはすぐに応えてくれた。擦れる舌の感覚がたまらない。音を立ててするキスが好きだ。いやらしくて、このまま全部食べられてしまいそうで。もしかしたらいつかキスだけで達してしまう日が来るのかもしれない。
「はぁっ……、ぁ、んっ」
「大丈夫? 起こすよ」
「ぅん、だいじょうぶ、へいき……」
 腰に手を回され、ヴィクトルがゆっくりと起き上がる。角度が変わったせいで、内壁が僕の意志とは関係なしに蠢く。耳に熱いため息がかかり、中のペニスが大きくなった気がした。

 結局ボタンを外すことしか出来なかったシャツを、ヴィクトルは自ら脱ぎ捨てた。至近距離にある熱の篭もった瞳が僕を映す。
「出したい、勇利のナカ、俺ので汚していい?」
「いいよ、ぜんぶ、出して……っ」
「勇利っ……!」
「っ、あぁっ! ぁ、や……、っは、ぁんっ」
 腰をきつく掴んだヴィクトルが僕の身体を揺さぶる。置き去りにされないように、汗で滑る手でむき出しの肩に縋った。内側を広げるように掻き回したかと思えば、深く挿入したまま奥をゴツゴツと突き上げる。舐め回すような視線にすら犯されどうしようもなく身悶えた。
 僕を攻め立てる全てに反応して、声も涙も止まらない。夢中で僕を求めるヴィクトルの姿に、頂点を極めるのは容易かった。
「あっ、あ! やだ、それやだっ……! あぁ、……っ!!」
 胎内が意志を持ったように銜え込んだ性器を締め付け、気持ちいいことしか考えられなくなる。与えられた快感に耐えきれず、一際大きく身体が震えた。飛び散った精液が僕達のお腹を汚す。
「もうイっちゃったの? 可愛い、もっとしてあげるからね」
「ぁっ! ぅん、もっと、もっとして……! びくと、あぁっ!」

 恍惚とした瞳に晒され、普段は理性の奥に隠している本能を引きずり出される。
 一度箍が外れてしまえば、後戻りは出来なかった。節くれ立った指にお尻を鷲掴みにされただけで、結合部は収縮して悦んだ。内側の膨らみをペニスで執拗に愛される。激しさを増す動きに合わせ、自分でも腰を振った。

 前後不覚の状態で快楽に溺れている。苦しくて助けて欲しいはずなのに、もっと先が欲しい。そして助けてくれるのも、これ以上ない快楽をくれるのもまた、ヴィクトルだけだった。
「ゃ、ぁあっ! ぁ、またイっちゃ、う……っ」
「俺も、もうっ……」
「ぅんっ、きて……! あっ、ぁー…っ、ヴィクトルっ、……ぁっ、びくとるぅ……!」
「ゆうりっ……!」
 ヴィクトルの動きが絶頂を掴む為のそれに変わる。
 振り落とされないよう首に回した腕で必死に縋り付く。容赦なく奥を突かれ、身体の中で限界まで溜め込んだ快楽が弾けた。腰から全身に快感が駆け巡り、頭の中が真っ白に染まる。力加減など到底出来るはずもなく、熱い楔を思い切り引き絞った。耳元で聞こえた呻き声さえも興奮材料に変わる。きつく抱き合いながら、僕の中でヴィクトルが射精するのを感じていた。
 吐き出した精液を内側に塗り込むように緩く腰を揺すられ、ぶるりと身震いする。追い打ちのような刺激にすら悦びを覚えてしまう。身も心もヴィクトルの虜だった。

 

 汗とともに身体に篭もっていた熱が噴き出す。身体が溶けてしまったように錯覚するのは滴る汗と絶頂の余韻のせいだ。息が出来ないほどの快楽の波が引いたあとに残るのは充足感で、重なった肌が嬉しかった。
 蕩けそうな熱い視線が絡み、飽きることなく口付けを繰り返す。
「好き、だいすき……ヴィクトル……」
「俺も好きだよ、愛してる。今日は最高の誕生日だ。素敵なプレゼントも貰ったしね。一生大事にする」
 微笑むヴィクトルの表情に僕は例えようのない幸福を感じて、何度も頷いた。乱れた僕の髪を手のひらがかき上げ、額にも唇が触れる。

 それに、とヴィクトルが笑みを深めて言葉を続けた。
「鏡の中の自分に嫉妬するくらい、勇利が俺を大好きだってよく分かったしね」
「それはあの、忘れて……」
 思い出して赤面する。セックスで理性が飛びかけていたとは言え、恥ずかしいことをしてしまった。あんな独占欲があったなんて自分でも驚きだったのに。
「忘れる訳ない。勇利が俺を独り占めしたいって思ってくれているんだ。こんなに嬉しいことはないよ。何度も言っているだろう? 俺は勇利のものだし、勇利は俺のものだって」
「……うん。ね、……僕のヴィクトル。愛してる」
 高鳴る想いのままにぎゅっと抱き付き、今度は僕からキスを贈った。瞼を開けると至近距離で視線が合う。心から満たされた表情で笑みを浮かべるヴィクトルに、僕もつられて微笑んだ。

 僕の心も身体も全てあなたのもの。あなたの全てが、僕を捕らえて離さないのだ。

2024年4月7日