お似合いなふたり

 勇利には白がよく似合う。
 無垢や清楚といった印象を受ける純白のマフラーを目にしたとき、真っ先に勇利の顔が思い浮かんだ。贔屓にしているブランドのショーウインドウで見つけたそれは、気付くと綺麗にラッピングされた状態で俺の手の中にあった。

 勇利は物持ちが良く、ひとつのものを長く使う。今愛用しているマフラーにくたびれた様子があっても新しいものを求める気配はなく、まだ使い続けるつもりらしい。俺としてはそろそろ買い替えても良い頃だと思うのだが。指摘すると頑なになってしまうところがあるから、これは本人には告げずにいる。
 とにかく、マフラーであれば何本あっても問題ない。一本を使い続けるより、着る服によって使い分ければ古いものも更に長く使える。
 マフラーと一緒に、勇利に似合う服をコーディネートしてあげたい。どの服が勇利を一番美しく魅せてくれるだろうか。あれこれと想像しては頬が緩んだ。
 カシミヤ製のマフラーは柔らかく滑らかで、それなのにサンクトペテルブルクの寒さから勇利の細い首筋をしっかりと守ってくれそうだった。きっと色白の肌と艶のある黒髪にもよく馴染み、愛らしい笑顔をより惹き立ててくれることだろう。
 今年のプレゼントは決まった。早く勇利に渡したいのに、当日まで隠しておかなくてはいけないのがもどかしい。

 毎日が勇利の誕生日なら良いのに。いつかの誕生日に、そう呟いたことがある。祝いたい気持ちと勇利を産んで育ててくれた長谷津の家族に感謝したい想いがあふれて出た言葉だった。
 すると勇利は「それじゃ、僕だけあっという間におじいちゃんだよ。そんなのいやだ」と口を尖らせた。毎日ケーキは食べられないし、有り難みもなくなっちゃうだろ。拗ねるように言う姿が可愛くて、俺は即座にごめんと謝り、尖らせた唇をふにゃふにゃになるまで愛した。

 今だって毎日のように感謝しているから有り難みが薄れることはこれから先も全く全然一生ないけど、そうだね勇利。一年に一度の誕生日、俺も大事に祝いたい。歳を重ねるのも二人一緒が良い。
 勇利の喜ぶ顔を頭の中に描きながら、上機嫌で家路を急いだ。

 

 当日、遅い朝食の後に用意していたプレゼントを手渡すと、勇利は頬を染めてはにかんだ。
「勇利、誕生日おめでとう」
「今日それ聞くの三回目だよ。ありがとう、ヴィクトル」
「数えてるの? 可愛い」
 言い過ぎじゃない? なんて聞かれても、いくら言っても足りないのだから仕方ない。
 勇利はくすくすと笑いながらも、隠しきれない喜びを表情に覗かせている。開けても良い? と小首を傾げる仕草があまりにも可愛く、にやけそうになるのをぐっと堪えて俺は頷いた。
 リボンを解いて取り出したマフラーに飴色の瞳がきらきらと輝く。弾んだ声が心地良く耳に届いた。
「マフラーだ、すごい、柔らかくて気持ちいい……。ありがとう、大事にする」
「どういたしまして。たくさん使ってね」
 こくりと頷いて向けられた笑顔に堪らなくなり、俺は何度も口付けを贈った。

 二人並んでソファに座っても、勇利はマフラーを手元から離そうとしなかった。気に入ってくれたようで人知れず安堵の笑みを零す。
 指輪の光る右手が、柔らかな感触を楽しむようにゆっくりと撫でている。そんな勇利を飽きることなく見つめていると、手入れの行き届いた唇が開いた。
「僕、昔はあんまり誕生日を祝ってもらうのが好きじゃなかったんだ。皆に気を遣わせてるような感じがして、ずっと申し訳ないと思ってた」
 視線をマフラーに落としたまま、勇利は苦笑を浮かべた。
 出会ったばかりでまだよそよそしかった頃を思い出し、一人でスケートと向き合っていた彼に想いを馳せる。出来ることなら昔の勇利も思い切り抱き締めてあげたかった。無言で肩を抱き寄せれば、逆らわず素直に寄りかかってくれる。
「でもね、今は嬉しい。ヴィクトルが隣にいて、僕の誕生日を祝えて嬉しいと思ってくれてるんだって、心から思えるようになったんだ。気付けたのはヴィクトルがずっと僕の隣にいてくれたからだよ。ありがとう」
 俺を見上げるあたたかな笑顔に胸が詰まる。勇利の誕生日なのに俺の方が何倍も喜ばされているのは何故だろう。勇利に出会う前の自分と比べ、随分と涙もろくなっている気がした。
「お礼を言いたいのは俺の方だよ。誰かの誕生日をこんなに待ち遠しく想うのも、祝いたいと思えるようになったのも勇利のお陰だ。勇利がいなかったら、きっと虚しいままだった」
「……僕達、二人でちょうど良いってこと?」
「そうだよ。最高だね」
 照れて笑う勇利を腕の中に閉じ込める。寒さも寂しさも、これ以上一切感じることのないように。胸に灯るあたたかさを、勇利にも伝えたかった。

「さ、準備して出掛けようか。今日はディナーを予約してあるんだ」
「ねえ、このマフラー着けて行きたいな。ヴィクトル、似合う服選んでくれる?」
「任せなよ!」
 勇利の手を引いて立ち上がる。
 来年もその先も変わることなく隣にいられますようにと、俺は繋ぐ手にそっと力を込めた。

 

2024年4月7日