愛は腕の中に

 目を覚ませば最愛の人がいる。ささやかな寝息は天使の囁きよりも愛らしい。眠る勇利の体温が俺の心にも移ったようで、胸の奥にぬくもりが宿る。
 顔を隠す少し伸びた前髪を耳に掛けてやると、閉じていた瞼が震えた。俺を捉えたチョコレート色の瞳が、柔らかく微笑む。
「おはよう、勇利」
「ん……、おはよう、ヴィクトル。誕生日おめでとう」
「ありがとう。身体は大丈夫? 昨日は勇利が頑張るって言うから、俺も興奮しちゃった」
「へ、平気だよ! 恥ずかしいから、言わないで」
 眠りにつく前の自分の行動を思い出したのか、勇利が両手で顔を覆った。布団から覗く、何も身に着けていない素肌が艶めかしい。
 
 昨夜は自分が奉仕をすると宣言した勇利が、俺の上に跨って妖艶な踊りを魅せてくれた。
 俺の誕生日である今日は、勇利が一日「おもてなし」をしてくれるらしい。
 二人揃って潜り込んだベッドの中、顔を真っ赤に染めた勇利からそれは宣言され、早速俺は初々しくも淫らなおもてなしを受けたのだった。普段なら恥ずかしがって拒否するような行為すら受け入れてくれたのだからもう堪らない。
 どこまでも健気に俺の願望を叶えようとしてくれる勇利に、大人げもなくがっついてしまった。毎日が誕生日であってほしいなどと、子供のようなことを思うくらいに。そのようなことになれば、恐らく勇利の身体が保たないだろう。勇利への渇望はいつまで経っても衰えることがなかった。
 
 高いものは買えないからとは本人の弁だが、俺からしてみれば金額など些細なことである。勇利がそばにいて祝ってくれるだけで嬉しいのだ。勇利も祝われる立場であればきっと同じことを言うのだろうに。
 不器用なりに真っ直ぐな愛情を示してくれる恋人に愛おしさが募る。
 
 照れた顔を隠す手の甲にそっと口付けて囁いた。
「ねえ勇利、まだ夜があるよ。今夜も楽しみにしてて良いよね?」
「……!」
「昨日のお礼に、今夜は俺が頑張るからね」
「ヴィ、ヴィクトルのえっち!」
 驚いた勇利がようやく隠していた顔を見せてくれた。口を尖らせて抗議する姿に自然と口角が上がる。無言で睨む表情すら可愛いのだ。
 一切悪びれる様子のない俺に、気を取り直したらしい勇利が半身を起こした。
「僕、朝ご飯作ってくるから待ってて」
「一緒に作ろうよ。俺、勇利とキッチンに立つの好きだよ」
「ん、じゃあ、手伝ってくれる?」
 照れたように笑う勇利に、微笑み返して頷く。
 ベッドから抜け出し、一人掛けのソファの背もたれに引っ掛かっていたバスローブを羽織った。同じくソファに放られていたパジャマを拾い、勇利へと振り返る。
 
 そこには、立ち上がろうとして失敗した勇利がいた。困惑した瞳で俺を見上げている。どうやら足に力が入らないらしい。
「ヴィクトル、立てない……」
「ごめん、やりすぎちゃったね」
「やっ……!」
 ベッドに腰掛け、しなやかな腰を労るように手のひらを這わせると、柔肌がぴくりと震えた。
 動くのは酷だろうと判断し、俺は再びバスローブを脱いで放り投げた。勇利をベッドに横たわらせ、同じく隣に寝転ぶ。
「勇利が動けるようになるまで、もう少しこのままでいようか」
「……うん」
 冷えないように肩まで布団を引き上げ、ぎゅっと抱き寄せる。擦り寄って体温を分け合おうとする勇利に胸が高鳴った。
「今日の予定は? 何しようか?」
「ヴィクトルは出掛けたい? それとも家にいたい?」
「勇利と過ごせるなら、どこでもいいよ。雪が止んだら、あとで散歩に行こうか」
「うん!」
 
 あたたかな空気が二人を満たす。
 このままもう少し、眠っても良いかもしれない。贅沢な時間の使い方だった。
 鼻先が触れ合いそうな距離まで顔を近付けて、勇利が内緒話をするように囁いた。瞳の奥に自分の顔が映る。
「ヴィクトル、あのね、ちゃんとプレゼントも用意してあるからね」
「なんて良い誕生日なんだ。勇利自身も貰ったのに、まだプレゼントがあるのかい?」
「もう、大げさだよ」
 勇利と過ごすようになってから、特に興味のなかった誕生日が楽しいと思えるようになった。幸せだ。この日々を過ごせるのは全て、勇利がそばにいてくれたお陰だった。
 勇利は俺の顔も好きだけど、今の俺は大層締まりのない顔をしているに違いない。自分でもそう思うほどに笑み崩れていた。
「そんなことない。ありがとう、勇利。嬉しいよ」
 すると突然、ぼふっと音が鳴ったように勇利の顔が首筋まで赤く染まった。逸らされた視線がうろうろと彷徨っている。
「勇利?」
 どうしたのかと呼び掛けると、勇利が小さく俺の名前を呼んだ。震える唇がやけに美味しそうに見える。
「なぁに?」
「……好き……」
 再び合わさった視線は、確実に俺達の体温を上げた。
「俺もだよ。愛してる」
 目の前の唇に吸い寄せられ、我慢出来ずに口付けた。
 
 決して離れることのないよう、腕の中に閉じ込める。俺の背に回された腕が、勇利も同じ想いを抱いていることを教えてくれた。

2023年12月25日