ベッド発、冷蔵庫行き

「待ってて、今水を持ってくる」
「ん……、僕も行く……」
 酷使させてしまったせいで掠れた声に、胸が傷む。
 力無くベッドに横たわった勇利は、ヴィクトルによって身を清められていた。用意しておいたタオルで勇利の身体に散った汗や体液を拭うのは、ヴィクトルの役目だ。最初は自分で出来るからと拒否していた勇利が、素直に後処理を任せるようになったのはいつのことだっただろうか。
 愛し合う手段のひとつとは言え、受け入れる側の勇利に負担を掛けることに変わりはないのだから、出来る限り労りたかった。勇利に触れていたいという思いも、勿論あるのだけど。普段なら寝室へ向かう前に水も用意しておくのだが、先程はそんな余裕も無くがっついてしまったことをヴィクトルは反省した。

 勇利の髪を乾かすこととボディケアを施すことも、ヴィクトルが楽しみにしている役目であり、日課だった。今夜はヴィクトルの後に入浴を済ませた勇利を構う内に二人で盛り上がり、リビングのソファの上で愛し合った。それだけでは飽き足らず、寝室へと場所を変えて今に至る。
 勇利の愛らしさを前にしてヴィクトルに余裕など出来るはずもなく、何度身体を重ねても愛し足りない。今夜だってヴィクトルの膝の上で腰をくねらせる姿は実に刺激的で、際限なく求めてしまった。あの抑えきれない声と熱に浮かされた瞳を思い出すだけで、静まりかけた欲望にまた火が点きそうだ。

 そうして余韻に浸っていると、勇利が起き上がろうとしている気配を感じてヴィクトルは我に返った。
「大丈夫だよ、勇利は休んでて。まだ立てないだろう? すぐ戻るから」
 そう声を掛けると、勇利の表情が何故かむすっとしたものに変わった。
「勇利?」
 もしかして、今の一言は彼の負けず嫌いな一面を刺激してしまったのだろうか。
 身体に掛かる負担が違うのだから、勇利の方が体力を消耗するのは当然だと思うのだが。ヴィクトルの制止を受け入れることなく身体を起こした勇利の、不機嫌な声が寝室に響いた。
「立てないのも喉が渇くのも、全部ヴィクトルのせいだろ」
 ベッドサイドに置かれたライトを背にした勇利の表情は少しだけ見えにくいが、口を尖らせてじっとヴィクトルを睨んでいる。
「ごめん勇利、我慢出来なくて。無理をさせた」
「もう、そうじゃなくて! ……一人にしないでよ!! ヴィクトルの鈍感!」
 そう叫ぶと勇利は、背を向けてまた横たわってしまった。ライトに照らされて浮かび上がる身体のシルエットに、ヴィクトルは密かに喉を鳴らす。勇利はベッド脇に追いやられていた枕を引き寄せ、両腕で抱き締めて縮こまっている。鬱血の痕が散らばる身体を無防備に晒し、甘えるように不機嫌を顕にする勇利は堪らなく可愛かった。

「そんなにすぐ離れなくたっていいだろ……」
 ぽつりと続いた小さな声に、勇利が拗ねていることにようやく気が付く。離れたくないのだと主張する勇利に、ヴィクトルは破顔した。余韻に浸りたいのはヴィクトルだけではなかったのだ。一緒に寝転び、背後から勇利を腕の中に閉じ込める。
「勇利、ごめん。鈍感な俺を許して。離れたいなんて、俺が思うはずないだろう?」
「僕だってちゃんと分かってるよ、そのくらい。……でも、ちょっとでもヴィクトルがいなくなっちゃうの、嫌だったんだ」
「俺が無神経だった。愛し合ったばかりなのに、寂しい思いをさせたね」
 許しを請うように、ヴィクトルは黒髪の隙間から覗く項に唇を寄せた。

「……ヴィクトルはさ、僕に甘すぎるんじゃない?」
 僕、すぐ拗ねるし、今だってヴィクトルは何も悪くないのに。ぽつぽつと呟く勇利からは見えないにも関わらず、ヴィクトルは片眉を上げて見せた。
「子豚ちゃんは厳しい方がお好みかい?」
 そういう訳じゃないけどと前置きして、勇利は振り返った。
「良いの? こんなに甘やかして。その内子豚どころか豚になっちゃうかも」
「勇利は甘やかすと豚になっちゃうんだ? それは聞き捨てならないな」
 じゃあどうするの、と無言の視線がヴィクトルを見上げる。腕の中に納まった勇利をぎゅうと抱き締め、耳元で囁いた。
「エクササイズに、もう一回する?」
「……ヴィクトルのエッチ」
 満更でもなさそうな癖に尖らせた唇へ機嫌良く口付けると、勇利の身体の下に両腕を差し込んで抱き起こした。
「わっ、何!?」
「勇利と離れたくないけど、水分は摂らないとね」
 驚いて目を丸くしている勇利に「俺が連れて行ってあげる」とウインクを飛ばした。
 恋人を寂しがらせないことと水分補給を両立させる為、勇利を軽々と横抱きにしたヴィクトルはキッチンへと足を向けた。

2023年10月29日