ねてもさめても

 勇利はふと、一緒に帰ってきたはずのヴィクトルの姿が見えないことに気が付いた。
 出掛ける際は毎回行ってきますのキスをしないと寂しがるヴィクトルが何も言わずに出て行くのは不自然だし、トイレにしては長すぎる。
 更に今日は珍しく朝から晴れたこともあり、ヴィクトルと勇利はマッカチンを連れて散歩に出掛けていた。途中、昼食を取る為に立ち寄ったカフェで、デザートに一口だけ許してもらったジェラートの味を勇利はしばらく忘れられそうにない。ストロベリーの甘酸っぱさは絶妙で、差し出されたスプーンから直接食べる恥ずかしさなど簡単に何処かへ飛んでいってしまうほどだった。そんな幸せな心地で帰宅したのが先程のことだ。
 ヴィクトルはその後しばらくして姿が見えなくなったので、またすぐに外出したとは到底思えない。書斎か寝室のどちらかだろうと見当をつけて勇利がドアを開けば、案の定彼は寝室で見つかった。無駄に広いキングサイズのベッドの上で両腕を広げてすやすやと眠っている。きっと軽い運動と満腹感でうとうとしてしまったのだろう。

 勇利は、どうせなら自分も一緒に昼寝をしてしまおうとヴィクトルの眠るベッドに近付いた。
 成人男性が既に大の字で寝ていようと、この広いベッドであれば勇利が快適に眠る為のスペースはまだ確保出来る。しかし、勇利の身体は自然と逞しい腕に吸い寄せられていた。
 ヴィクトルの腕がしびれないように枕の位置を調整し、腕枕に身を預ける。嗅ぎ慣れた香りと体温は、勇利にとって何よりも心地の良いものだった。
 収まりの良い位置を探してもぞもぞと動いていると、ヴィクトルが寝返りを打った。仰向けだった身体が向き合い、反対側に伸ばされていた腕が勇利を抱き込む。起こしてしまったかと焦った勇利は動きを止め、息を潜めて注意深く寝顔を見つめた。

「くすぐったいよ、ゆうりぃ……」
 綿菓子のように甘く優しい声は、どうやら寝言のようだった。起こした訳ではなかったことに勇利はほっと息を吐く。

 瞼は閉じたままでも、ヴィクトルの口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。
 夢の中でも一緒にいるのだと思うと、勇利の胸の奥がこそばゆいような、暖かな気持ちになっていく。どうか同じ夢が見られますようにと願いながら、勇利は穏やかな寝息を立てる唇に自分のそれを重ねた。

「……大好き……」
 ぽつりと呟かれた言葉は勇利の唇から漏れたものだったのか、それとも。

2023年10月29日