チェリーキャンディ

 洋菓子店のロゴが入った淡いブルーの箱を手にした俺は、愛する家族が待つ家路を急いでいた。
 箱の中身はパンプキンパイだ。低カロリーを謳う洋菓子店のもので、以前ケーキを買って帰ったところ勇利が美味しいととても喜んでくれた。それ以来ちょっとしたお土産やご褒美にこの店を利用する機会が増え、二人でそろそろ全メニューを制覇しそうなくらい気に入っている。
 だからこそハロウィン限定と書かれた店先の看板につい足を止めてしまったのも、当然のことだった。

 勇利は季節のイベントなどに興味が薄いようだから、俺も積極的に参加することは少ない。勇利が隣にいないイベントになど意味はなかった。ただ俺は、イベントを口実にいちゃつきたいだけなのだ。
 今日は勇利が家で食事を用意して待っているから、食後のデザートにぴったりだと思った。摂取したカロリーについては夜に二人で消費しようね、と言い添えれば良い。
 勇利は喜んでくれるだろうか。一口ずつ噛み締めて食べる勇利の笑顔を想像し、俺の唇は自然と弧を描いた。

 

 玄関のドアを開けると、軽い足音を立ててマッカチンが出迎えてくれた。
「ただいま、マッカチン」
 しゃがんでわしわしと撫でてやると、食いしん坊の家族は早速パイの入った箱に鼻を近付けた。
「ごめん、今日はマッカチンのお土産はないんだ。また今度買ってくるからね」
 マッカチンは自分の分がないことを悟ると、クウン、と悲しそうな声で返事をした。後で別のおやつをあげようかと考えていると、もう一人の愛する家族が顔を見せてくれた。
「おかえりなさい、ご飯出来てるよ」
「ただいま勇利。ありがとう」
 立ち上がってハグを交わすと、外の空気で冷えた身体が触れ合ったところから解れていく。ただいまのキスを贈れば、勇利が腕の中でくすぐったそうに微笑んだ。

 マッカチンと同じく、勇利もなかなかに目敏い。身体を離した勇利が俺の手元に目を留めると、眼鏡越しに見える瞳が分かりやすく輝いた。
「ヴィクトル! トリックオアトリート!」
 ハロウィンを覚えていたらしい勇利に少しだけ驚いた。そんな台詞がなくても、お土産はいつも通り二人分用意してあるのに。
 珍しい反応に、一体どんないたずらをしてくれるのか知りたい気持ちが俺の中でむくむくと膨らんだ。持っていた箱を背中に隠して額を片手で覆い、大袈裟に嘆いてみせる。

「参ったな、今何もお菓子を持っていないんだ。勇利にいたずらされちゃう」
「あれ? その箱、お菓子じゃないの?」
「何のことだい?」
 投げられた疑問はとぼけて知らないふりで返し、態とらしく演技を続ける。勇利はどうしたものかとしばらく悩む顔を見せたあと、うん、とひとつ頷いた。俺の誘いに乗ることにしてくれたらしい。
 期待を隠しきれない様子で待つ俺に、勇利は笑顔で言い放った。
「ヴィクトル、今日の晩ご飯抜き」
「そんな! 勇利の手料理!!」
 考えもしなかった発言に、つい大声を上げてしまった。

 勇利の作ってくれた料理が食べられないなんて、俺にとっては一大事だ。すっかり暢気に笑っている場合ではなくなってしまった。隠した箱を急いで勇利の手に持たせ、必死の形相で懇願する。
「俺の分のパイも食べていいから、勇利の作ったご飯食べさせて?」
「パイ? 僕の分もあるの?」
「パンプキンパイだよ。一緒に食べようと思ってお土産に買ってきたんだ」
「仕方ないなあ。お菓子に免じて、ヴィクトルも晩ご飯食べて良いよ」
 思った以上にいたずらが効いた俺の姿を見て、勇利が満足そうに笑みを零す。晩ご飯抜きはどうにか回避できたようで、ほっと胸をなで下ろした。
 いい加減待ちかねたらしいマッカチンが、ズボンの裾を引っ張って俺達を家の中へと促す。
「マッカチンがもう待てないって言ってるよ。早くご飯食べよう」
「うん、安心したら余計お腹空いちゃった」
「ヴィクトルが変なこと言い出すからだろ?」

 勇利の手料理は俺の空腹も心もあたため、そして満たしてくれた。食後のデザートを食べる勇利の表情はあまりにも雄弁で、見ているだけで笑顔になってしまう。俺はパイを乗せた自分のフォークを、自然と勇利に何度も差し出していた。

 

 

 キングサイズのベッドに二人並んで横になったところで、俺は先ほど勇利が口にしたお決まりの台詞を思い出していた。
「勇利はイベントって、あまり気にしないだろう? さっきは勇利から言ってきたから驚いたよ」
「あのケーキ屋さんの箱が見えて、そういえば今日はハロウィンだなって気付いたんだ。でも、ヴィクトルが何も持ってないなんて言うから僕もびっくりしちゃった」
「どんないたずらをしてくれるのかなってワクワクしたんだよ。危うく晩ご飯抜きになるところだった」
 吐息の掛かる距離で視線を絡めて笑い合う。
 ベッドサイドに置かれたライトが、勇利のあどけない笑顔を暖色に染めていた。

「えっちないたずらでも良かったんだよ? 例えばほら……、こんないたずらとか」
「んっ、……もう……」
 布団の中に手を入れ、まだ芯をもたない勇利のペニスをスウェットパンツの上からゆるゆると揉んだ。
 勇利が負けじと俺の股間に手を伸ばす。とっくに硬くなっていたペニスに驚いたようで、目を丸くさせる勇利に苦笑を零した。
「パイを買ったときから、ずっと期待してた」
「それは、あの、……」
「勇利?」
「……僕も、期待してたから。ヴィクトルと一緒」
 勇利が恐る恐る俺の手を取り、自身の尻へと導いた。俺は下着の中に指を這わせ、迷うことなく窄まりに辿り着く。
 ぐちゅりという濡れた音と感触に息を呑んだ。決して勝手には濡れることのない場所がぬかるんでいる。
 準備をしてくれていたのは勿論知っていた。今夜のことを伝えた上でデザートを食べさせたのだから。ただ、普段の勇利は自身で洗浄を済ませるだけで、ローションまでは使わない。愛し合う行為も準備も二人でしたいと俺が強請ったからだ。出来ることなら洗浄も俺にさせて欲しいのだが、それは勇利がどうしてもと嫌がった。

 勇利が恥ずかしそうに言葉を続ける。
「僕だって、あの箱を見たときから、今夜はそうなんだろうなって」
「嬉しいよ勇利。最高だ」
「ヴィクトル……、ん、んぅ……っ、ね、もう、……欲しいっ……」
 可愛いおねだりに堪らず覆い被さり、柔らかな唇を貪った。
 勇利が俺の首に腕を回したのを合図に身体を起こす。スウェットも下着もベッドの下に落として抱き合い、唇が痺れるほどキスを交わした。

 

「勇利、トリックオアトリート」
「えっ? ……なに、今!?」
 空気を読まない俺の台詞に、勇利が慌てた声を出した。俺達は生まれたままの姿で抱き合っているのだから、この場にお菓子がないことなど分かりきっている。いたずらさせて、という意味だ。
「え、えっと……」
 勇利がおろおろしながら視線を彷徨わせたあと、ぎゅっと目を瞑って勢い良く胸を俺の口元に差し出した。正確には、つんと立ち上がった愛らしい乳首を。

 俺の背筋にゾクゾクと甘い痺れが走る。どうしたらこんなにも可愛い反応が出来るのだろう。今すぐにでも貪りたい欲望を抑え込み、勇利の意図を探る。俺は平静を装えているだろうか。多分出来ていない。
「これはお菓子? それとも、いたずらしてってこと?」
「お菓子、だよ。だって、ヴィクトルがいつも、その……甘くて美味しいって言うから」
 差し出された乳首に、ふう、と息を吹きかける。赤くなった頬が、下がりきった眉毛が愛おしくてたまらない。小声で伝えてくる勇利の瞳には、羞恥で涙の膜が張っていた。
「僕、ちゃんとお菓子あげたよ?ねえ、いたずらしないで……」
「いいよ。美味しいお菓子をくれた勇利に、たっぷりおもてなしをしないとね」
「や、ぁ、ぁああ……っ!!」
 じゅうぅっ、ときつく音を立てて赤く色付いた乳首を乳輪ごと吸い上げた。部屋に勇利の甘い声が響き、興奮が更に増幅されていく。小さな飴玉を舌の上で転がし、軽く歯を立てる。
「美味しいチェリーだね、勇利。さっき食べたパイよりも甘い。ずっと口の中に入れていたいな」
「あっ、や、だめ、そん……な、したら、ふやけちゃ、あぁっ!」

 反対側は中指と親指で摘まみ、くりくりと執拗に捏ね回す。人差し指で先端を引っ掻けば、大袈裟なほどに背中が跳ねた。力の入らない掌が俺の頭を抱き寄せ、髪をくしゃりとかき混ぜてくる。
 濡れそぼった下半身を無意識に擦り付けては身体を震わせる勇利のいやらしい姿に、もう俺も限界を迎えようとしていた。取り出したスキンのパッケージを破り、手早くペニスに装着する。

「もっと気持ちよくしてあげる。ね、ここに入っても良い?」
 引き締まった尻の肉を左右に広げ、人差し指をひくつくアナルに食べさせる。わざと浅い位置で挿入を止めると、勇利が切羽詰まった声を上げた。
「ん、うんっ、もう、……おくまで、いれてっ……、っぁ、あぁぁっ……!」
「勇利っ……!」
 張り詰めた自身を押し当て、勇利の望む最奥へ一息で挿入した。きゅうきゅうと締め付けてくる内部の刺激に、全身が高揚した。必死になって背中にしがみつく腕が愛おしくて、浅く呼吸を繰り返す唇に口付けを落とす。
 とろりと溶けた瞳が向けられたが、ぼんやりとして焦点が合っていない。

「挿れただけで気持ち良くなっちゃったの? 可愛い……」
 勇利の達した証が、俺と勇利の腹をしとどに濡らしていた。
 震える吐息を整えようと喘ぐ姿に、勇利の中に収めた欲望が更に膨れ上がった。俺の動く気配を察した勇利が、焦った声で制止をかける。
「あ、や……、ヴィ、ヴィクトル、まって……! まだ、」
「ごめん、俺ももう無理……っ」
「あぁっ! だめっ、んぅっ……、ゃっ、あああっ……!!」
「勇利っ、ゆうり……っ!!」
 細い腰を掴み、何度も奥を目掛けて突き上げる。
 不規則に収縮し締め付ける内部に、俺は耐えきれず射精した。ビクビクと震える身体に、最後の一滴まで吐き出す。被膜越しだとしても、種を付けようとする本能が白濁を最後まで出し切る行為をやめさせなかった。

 

「可愛かったよ、勇利。愛してる」
「ん、僕も……。ヴィクトル、好き……愛してる……」
 とろけた表情で目を瞑った勇利に口付けを贈る。額、瞼、こめかみ、鼻先、耳朶、頬、そして唇に。本当は全身にキスをしたいところだが、そうするとまた抑えが効かなくなりそうで、俺はぐっと堪えた。
 息を整え、理性を取り戻しつつある勇利の瞳を覗き込む。
「身体は大丈夫? ごめんね、我慢出来なかった」
「平気だよ。僕もしたかったって言ったでしょ?」
 赤らめた頬で微笑む勇利の額に浮かんだ汗を、指先で拭う。ローションや体液でベタベタになってしまった身体をそっと抱き締めた。

「そうだ、来年は仮装でもしてみる?」
「良いよ。ヴィクトルと一緒なら、僕もやってみたい」
「本当かい? 嬉しいな。今から衣装を考えておかないと」

 勇利と一緒ならどんなことだって楽しい。
 気が早いってば、と笑顔を見せる勇利に、俺はこれから先も勇利と過ごせる幸せを改めて噛み締めた。

2023年11月5日